Vol.12 法学徒の基底 〜2016年夏、本郷〜
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六法との付き合い
- 法学部というと、六法全書というのですか、あの六法というのはどの法なんでしょうか?
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佐々木(以下略) 六法というのは、憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法という6つの法典のことなんです。
この他に行政法という分野がありまして、これをあわせて「基本7法」といいます。
- 憲法や民法などと比べて、「行政法」というのは一般の人にとっては普段あまり馴染みがないように思えます。
-
そうですよね。
行政法は、他の6つの法律と違って、「行政法」という名前そのままの法律があるわけじゃなくて、行政組織法とか行政手続法とかそういう感じの、行政に関わる法律の総称なんです。
基本7法や、それに関連するいろいろな法律が六法全書に載ってるんですけど、六法全書は巨大なので、学生は普通は小型の六法辞典を使います。
持ち重りのする六法が鞄に入っている日は法学生としての意識も高まる
- (佐々木さんご持参の六法辞典を見て)ああ、こんなにコンパクトなんですね!
- 今これ、「令和2年版」ってなってますけど、毎年新しい版を買い替えるんです。
- 毎年ですか?!
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そうなんです。毎年、何かしら法律の改正があるので、最新の六法を持ってることが望ましいんですよね。
それと、法学部の試験の多くは、六法を持ち込んで使っていいんですけど、公正を期するために書き込みのない六法じゃないといけないんです。
だから、もし普段の勉強で六法に書き込みをしたりマーカーを引いてたりしたら、それは試験用には使えなくなるんですよね。
- 試験用にまた新しい六法を買わないといけなくなるんですね?
- 買うか、どうにかして調達するかして、書き込みのないまったくきれいな六法を用意する必要があるんです。
- ……コンパクトといっても、けっこう重いですね。
-
そうなんですよね。でも勉強には必携品なので……。
とはいっても、実は普段の勉強ではアプリ的な六法も併用してます。
- アプリの六法があるのですね!
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勉強するには本当は紙の六法の方が絶対いいと思うんですけどね。
英語学習でもそうですよね。電子辞書やアプリじゃなくて、紙の辞書を使いなさいというのはよく言われてることで。
私も紙の方が好きなんですけど、移動することが多いと六法や辞書を持ち歩くのは難しいので、使い分けてます。
外出先とか、立ったままでちょっと調べたいときには、アプリはやっぱり便利ですよね。
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そうですよね、移動が多い方は、六法も英語の辞書も、みたいに分厚い辞書を何冊も持ち歩けないですよね。
というか、立ったままで六法を調べることがあるのですね(笑)。
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ありますよ! あれどうだっけ、みたいにふと疑問に思ったときなんかに。
すぐ調べないと、疑問をもってたこと自体を忘れてしまいますからね(笑)。
-
たしかにそうですね。
ところで、学生さんは、六法を全部暗記したりなさるんですか?
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いえいえまさかまさか!
条文をわざわざ暗記したりはしないですし、その必要もないと思います。
勉強していれば、重要な条文の文言や、六法のだいたいどこに載ってるかは自然に覚えるので。
- 基本的には、六法を使いながら教科書などを読んでいくというようなお勉強のやり方なんでしょうか?
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そうですね。教科書か、別の本か、文献や判例集なのか、問題集を解くのか、ベースに使うものはいろいろあると思いますけど、何を使うにしても六法を引きながらは絶対です。
慣れないうちは条文を探すのに時間がかかりますし、いちいち六法を引きながら読み進めるのはなかなか面倒だったりしますけどね。
- でも、それが大事なのですよね。
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と思います。
語学の辞書と同じですね。辛抱してマメに引き続けていれば、だんだんスピードも上がってくるし、自然に覚えたりもしますし。
紙の辞書がいいのは、引いたそのページにある他の単語なんかも目に入るので、それも覚えてしまったりできるという点なんですけど、六法も一緒ですね。
引いた条文の近隣に書いてあることもついでに読むようにすると、頭の中でだんだん関連づけが進んでいくという。
- さすが! これも勉強の秘訣ですね!
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いえ、今はこんなこと言ってますけど、私も最初は六法を引くのが面倒で面倒で(笑)。
本に出てきた条文は後でまとめて一気に見よう、なんて思ったりしましたけど、後でまとめて見たって、どんな事例のどんな状況でその条文が問題になったかなんて、もう記憶がごちゃごちゃになってますからね。
これじゃ意味がないなと思って、どこかの段階で、とにかく条文は出てきたときに、面倒がらずに引こうと決めました。
そうしてたら、だんだん理解しやすくなっていった感じです。
楽をしようとしてはいけないということですね(笑)。
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「自分の頭で考える」こと
夕食前に寸暇を惜しんで不法行為法(民法)の勉強
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勉強のときに「深く考えない」というのは、ある意味で目から鱗といいますか、逆転の発想のように思いました。
ついつい何事も深く考えなければと思ってしまいますけど、単純作業で済むことは、考えることが逆に妨げになるということですね。
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そうですね、頭を使わない作業の部分も勉強時間の中にはありますからね。
辞書を引いて調べたその後は、それを使って考えたりしますけど、辞書を引くという行為自体を前後から切り分けると、その部分は肉体的な単純作業になりますから。
勉強は効率性だけを見るべきじゃないと思いますけど、でも明らかに考えなくていいところは考えずにしておいて、エネルギーは他に回すのがいいかと思います。
- 肝に銘じようと思います!
-
それとちょっと似たことなんですけど、法学部に入ったときに、法律の勉強は「自分の頭で考える」ことが必要だとおっしゃる先生が何人かいらっしゃいました。
その言葉をそのまま、当時しばらく愚直に信じてしまっていて、穴にはまりました。
- というのは?
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基本的な知識もない段階で、自分の頭で考えようとしてたんです。
だから、試験の問題でも、もともとある裁判例や学説の動向をろくに知りもしないのに、その法律問題を自分なりに解こうとしたんですよね。
自分の頭で考えようとして。
- それは、やり方として正しくないということですか?
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正しくないんです。
そもそもの前提というか、その事例のどこが、どういう法的な点で、なぜ法的な問題になっているのかをわかっていることが、法律の問題を解くためのまず一歩目で、それには、まず一定の基本的な知識をもってないと無理なんです。
その基本が身についてないのに、ただ「自分の頭で考える」という言葉にとらわれてしまって、最初の頃は本当に自分なりの答案を書いたりしてました。
でもそれって、法律の答案になりえないんですよね。
法律の素地がないままに思ったことを書くのは、たとえどんなに立派なことや独創的なことを書いたとしても、単なる意見表明というか、感想文というか、とにかく法律の勉強の中では無意味な答案にしかならないんです。
- 法律の答案として、そういうものは求められていないんですね?
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そう、求められてないんです。
だから、法律の答案としては点数がつけられないんです。
東大の試験で一回だけ「可」を取ってしまったことがあったんですけど……。
※成績評価は上位から順に「優上」、「優」、「良」、「可」、「不可」となります。インタビューVol.4参照
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ええ、民法の試験でと話しておられましたね。
※インタビューVol.5参照
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はい、「民法基礎演習」ですね。
法学部に入って最初の学期末試験で受けた科目だったんですけど、まさにこの試験で、「自分の頭で考える」ことをしてしまったんですよね。
法的な知識もなく、法的な思考もせず、ただ独自の意見を書いてしまったんです。
そうそう、判例で「畢竟(ひっきょう)独自の見解」というフレーズが出てくることがあるんです。
原告なり被告なりの主張を裁判所が退けるときに使われるフレーズなんですけど。
「論旨は畢竟独自の見解を主張するものであって、到底採用できない」、みたいな。
- 「畢竟」なんて、普段使わないですよね?
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絶対日常で使わないですよね。
でも、なぜかその言い回しが気に入ってしまって、頭にインプットしてます(笑)。
自分ではおそらく一生使うことはないフレーズですけどね、「いやあ、あなたの言ってることは畢竟独自の見解ですから! 到底採用できないですね!」なんて(笑)。
それはともかく、独自の見解を書いた民基礎の答案は、客観的に見たら、「可」になっても仕方ない答案でした。
ちょっとは勉強したので悔しかったですけどね(笑)。
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他にもそういう学生さんがいらっしゃったかもしれませんね?
それなら、法学部に入ったばかりの学生さんに対して、先生方が「自分の頭で考えるのが必要」なんておっしゃるのは、学生さんを迷わせてしまうのでは……?
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先生方のおっしゃったことはまったく正しいんですよね。
ただ、その真意は、たしかに初学者には伝わりにくいし、迷う人は迷うと思います。
多くの学部生からすると、法律を自分の頭で考えることができる段階って、ずっとずっと先にあるんです。
まずは基本的な知識や法的な考え方の枠組みを自分にインストールしないといけないんですけど、それだけでもう膨大だし難しいことなので。
私の場合は、民基礎の試験が「可」だったことで、この段階で「自分の頭で考える」ことに疑問をもったんですよね。
これ、少なくとも今の自分にとってはミスリーディングな言葉だなと思って。
で、じゃあ自分の頭で考えようとすることはしばらく封印して、まずは基礎を頭に入れよう、それもできるだけ多く、話はそれからだ、と考えたんです。
そこから、いろいろな基本書や論文や法学雑誌の特集なんかを読みあさりました。
読んでいて、ときには自分なりに考えたりしたくなるようなトピックもありましたけど、まずはベースを作らねばと思ってひたすら読んでました。
- 考えたくなるようなトピックというのは、たとえばどんなものでした?
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この学期は民法第4部という科目を履修してたんですけど、民法4部の範囲は親族法と相続法なんです。
その中だと、親族の問題が身近に感じられて、たとえば選択的夫婦別姓の問題とか、離婚後の親権のあり方とか、後見制度の問題とか、そういったものが社会人としても興味深かったです。
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結婚と離婚と子どもと親との関係と……。
たしかに、親族法は私たちに身近な問題を扱っているのですね。
相続法は、名前の通り相続のことなんですよね?
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そうですね、名前の通り。
個人的な好みとしては、相続法より親族法の方が面白かったですけど、でもとにかく民法4部の試験に向けて親族法・相続法関係のものを読み続けてました。
結局、初学者から先に進んでいくにあたって、そういう読んで読んでひたすら読んで、みたいなやり方が自分には合ってたんでしょうね。
徐々に徐々に理解が進むにつれて、最初はまったく書けなかった法律の答案も書けるようになっていきました。
- 気がついたらいつの間にかできるようになっていた、みたいな?
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そうなんです。気がつくと書けるようになってた、という。
最初はできなかったものが気がつくとできるようになってたって、嬉しいものですね。
そうなった頃にやっと、少しですけど、自分の頭で考えたことを答案に入れ込めるようになってきたことにも気がつくんです。
- ああ、ついに!
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ある意味、法学の勉強は、外国語の勉強と共通するところがあるように思います。
最初は何もかもが未知のところから、用語の意味や法的三段論法や条文への当てはめ方を学んで、現実の事件の判例も読んでいくんですけど、外国語を学ぶときに、単語の意味や構文や文法を学んで、その国の文化や慣習もあわせて知ろうとするのと似てるなって。
- 法学と外国語の両方を学んできた佐々木さんだから見えてくるものがあるんでしょうね。
次回、東大法学部生の試験対策!とは……? 6月19日(金)頃更新予定。