Vol.5 法学徒幼年期 〜2015年夏、本郷〜
増えていく必修負債
- 夏学期の試験で憲法、民法、刑法、商法、行政法を受験されなかったと……。
受けなかった科目の数の方が多いんですね……。 - 佐々木(以下略) 「刑法II」を除けば全部必修科目で、しかも2年生のときに「憲法I」と「民法I」も(単位を)取らないままでいたんですよね。
だから必修負債がどんどん膨れ上がっていきました。 - 「I」とか「II」というのは、その科目の中の範囲で区切っているということなんですか?
- そうですね。憲法、刑法、行政法なんかは第1部と第2部、商法や民事訴訟法は第3部までで、民法は範囲が膨大なので第4部まであります。
大昔からこういう科目の分け方だったみたいです。
※法学部1類の実定法の必修科目は、「憲法I・II」「民法I・II・III」「刑法I」「商法I」「行政法I」「民事訴訟法I」「刑事訴訟法」でした(現在は一部変更されています)。 - その、必修負債が増えていくけどあえて受験されなかったのは、何か思惑があってのことだったんでしょうか?
-
いえ、その当時は思惑なんてなくて、単に本当に何もわからなかったので受けるに受けられなかったんです。思惑が出てきたのはずいぶん後ですね。
3年生になっても相変わらず、法律科目の講義に出ても文字通り座ってるだけでした。
2年生の冬学期の試験間際に、自分が法律の講義も教科書も何も理解できていないことがわかったときは、3年生になればわかってくる、講義に出ていればわかってくる、とにかく勉強してればわかってくる、と思って3年生の自分に期待をかけてたんですけど……。 - そうはならなかった……?
- ならなかったです。3年生の夏学期の試験が近づいてくると、また今期も撤退せざるをえないことに気がつきました。半年前、2年生のときと同じように。
- 案外、受けてみたら何とかなる、みたいには思わなかったですか? 試験って、全員が全員ものすごく理解して受けているわけじゃないような……。
とりあえず受けたら上手くいくこともあるのでは? -
うーん。それはそうだとは思うんですけどね。もしかしたら特攻してみたらどれかひとつくらいは単位をいただくことはできたかもしれません。
でも、そういう試験の受け方をするのにどうしても抵抗があって……。十分に ─自分的に「十分」ってことですけど─ 十分に準備したと思えないままにとりあえず受けるのが嫌だったんですよね。
何というか、本当はまだ受けられるレベルに達してないのにとりあえず受けに行って、わかってるふりをして何かもっともらしいことを答案に書く、みたいなことがどうしてもできなくて。完璧に理解するなんてもちろん程遠いとしても、自分基準でちゃんと勉強してから試験に臨みたいっていう。たぶんこれ、性格的なものなんでしょうね。
自分からわざわざ大学に来ておいて、時間も費やしていて、それなのに適当な感じで単位を取ろうとするのは、何か態度としておかしいというか、矛盾してるんじゃないかと思って。 - ああ、それ、学問する態度としてすごく正しいと思います。そうなんですよね、学ぶためにご自身で決めて大学に来られたわけですものね。
- だから、今の自分の力量以上に手を広げて試験勉強をするのをやめようと思いました。
夏学期の試験は7月にあったんですが、6月半ば頃にはもう、今回は科目を絞って受けようと決めました。
それで、「英米法」と「会計学」と「民法基礎演習」だけ受験することにしたんです。 - 「英語教授法・学習法概論」と「国際法演習」は?
- どちらも試験はなかったんです。
「国際法演習」はゼミなので、ゼミの中で持ち回りで発表を何回かこなして、あとはレポートを出せばよくて、「英語教授法」もレポートだったので。
レポートも決して簡単ではなかったですけど、どちらの締切も試験後だったので、後でゆっくり取り組めました。 - ちなみに、レポートはどんなことを書かれたんですか?
-
「英語教授法」のレポートのテーマは、いくつかの設問に加えて、「これまでのあなたの英語学習について述べよ」という趣旨の質問でしたので、気合を入れて自分の勉強方法と使ってきた教材を詳細に記して、さらに学習法についての自論も大展開した力作を書きました(笑)。
そんな大展開はレポートに求められてないんですけど(笑)。A4用紙10枚くらいになりました(笑)。おそらく、他の学生は1枚か2枚くらいだったんじゃないかと思います。それは全然少なくなくて、設問の量的にも妥当な枚数です。
私のは、量もそうですが、ものすごく熱く語っていて、さぞ空気の読めない異様なレポートになっていたかと思います(笑)。レポートを教育学部の建物に提出しに行ったんです。8月の暑い日でした。
他の学部の建物に入るのは、ちょっとどきどきしてちょっと嬉しいんですよね。 - 佐々木さんの英語学習法、ぜひいつか公開してください! 読みたい方きっとたくさんおられますよ!
-
そうですか? じゃ、じゃあいつか(笑)。
「国際法演習」のゼミは、毎週読んでくる課題の文献が大量にあって、ほぼすべて英文なので、読んで理解するのになかなか手こずりました。
- 国際法だから英語の文献が読めるのが当たり前の世界なんですね!
-
なんでしょうけど、私はけっこう読めてないので、間に合わないときは翻訳書に頼ったりしましたよ。
本当は、時間がかかってもとにかく英語にくらいついて読んでいけば、だんだんスピードも上がるんですけど、なんせ能力に比して分量と時間的な制限がきつかったので、翻訳があるものについては翻訳に逃げてしまったときもありました。受講生は中国、韓国、シンガポール、カナダなどからの留学生に、日本の大学院生に、私たち学部学生の9人くらいでした。
当然、ゼミの共通語は英語になるので、発表や発言は英語で行うことを強く推奨されて、毎回緊張で頭の血管が切れそうになってました(笑)。私、声優としては、舞台やステージでも緊張しないタイプなんですが、国際法ゼミのプレゼンテーションはいつも目がくらむほど緊張して、終わった後は全身が筋肉痛になりました(笑)。
いや、そりゃ英語ですしね。 - それが英語でできることがすごいです!
-
ゼミの皆さんはものすごく優秀で、国際規範についても人権問題についてもすごく意識が高くて、日常でもものすごく勉強されていることがうかがえて、ゼミの小さい部屋で毎週とてつもなく優秀な各国の方々と対話できる経験ができたことは貴重でした。
先生も、思いやりがあって教育熱心で、すばらしい方でした。
ご自身も、学生時代から優れた論文をお書きになったり、海外の大学院で研究されたりと、際立った業績をあげられている方なんです。
東大ご出身の方なんですが、今は別の大学で教鞭をとっていらっしゃいます。
またお目にかかりたいです。期末レポートは、私は「サムの息子法」について書きました。
※1977年にアメリカ合衆国ニューヨーク州で制定された、犯罪加害者が手記を出版するなどして自らの罪を商業的に利用したり評判を活用したりすることを禁じる法律です。 - え、そのレポートも英語で書くんですか?
-
いえいえ、それは日本語ですよ。英語でも日本語でもどちらでも受け付けるということでしたけど、まあそこは日本語にしましたよね(笑)。
先生には、夏休みにわざわざ面談の時間をとっていただいてレポートを講評していただいたり、国連についてのDVDを貸していただいたりして、とてもお世話になりました。
レポートの書き方について、いくつか指摘していただいたりアドバイスいただいたりもしたんですが、それが後に別の科目でレポートを書くときにもずっと役に立ちました。 - 少人数のゼミならではの親身なご指導をいただけてすばらしいですね。
そして、先生のご指摘を後々まで忘れずに次の機会に活かしていく学生さんとしての佐々木さんもすばらしいです! - ありがとうございます(照)。
- では、試験のお話に戻りまして(笑)。
「民法基礎演習」は民法なんですよね? 「民法II」は受けないのに、これはどうして受けることにしたんでしょうか? -
「民基礎」の授業は、普通の講義形式と違って、クラスみたいなグループに分かれて受けるんです。
出席も取るし、先生から順番に当てられたりもして、そういうことも成績評価に加えられるんです。だから、まあ欠席してもいいんですけど、できればしない方がいいわけで。
で、必修なんですね。本当は「民基礎」も翌年度に回したかったんです。なんせ全然わかってなかったので。
でも、翌年に回すと、翌年も毎回出席して当てられたら答えて、をすることになるじゃないですか。
こういう仕事柄なので、今年はわりと出席できたとしても、来年の自分がその曜日その時間帯に必ず出席できるかはわからないですよね。だから、試験勉強の方針も立たないままでしたけど、これに限っては今回受けておいた方がいいだろうと思ったんです。
- なるほど。佐々木さんの場合、お仕事の都合が必ずありますものね。
来年のその時間帯にお仕事が入る可能性もあるから、今年うまいこと出席できたのなら試験まで受けて単位を取っておいた方がいいですよね。 - ええ、そう考えました。
で、受験する科目が3科目に絞れたので、6月からは「英米法」をがっつり勉強しました。 - え、3科目がっつり勉強されたのではないんですか?(笑)
-
「民基礎」は結局、何をどう勉強したらいいのかわからないまま放置してしまいました(笑)。
「会計学」は、講義にしっかり出ていたので、その蓄積と、あとは試験の数日前から集中的に対策しました。「英米法」は、やっぱり好きなんですよね(笑)。好きな科目ばっかり深く勉強してしまうんです。アメリカ法の判例を深く深く(笑)。試験範囲外のものまで(笑)。
そうそう、日本の場合、引用された判決文で、人名の代わりに「甲」とか「乙」とか「A女」とか「B男」とかの表記になってることがわりとあるんですよね。
実際の判決文はもちろん本名ですけど。プライバシーの観点からそうしてるんでしょうかね。アメリカ法の判例は、人名も会社名も公的機関もそのまま固有名詞で、教科書にもそのまま載ってたりします。「ホワイトさん対ベンコウスキーさん訴訟」みたいに(笑)。
※White v. Benkowski (Wisconsin State, 1967) - 普通の一般の方のお名前が判決の名前なんですか?
-
そうなんです。そういう判決名になるんです。
ホワイトさんもベンコウスキーさんも、当然こっちは全然知らない人ですけど、何か親近感がわきませんか?(笑)
人の名前が具体的なので、事案の概要も日本のものより頭に入ってきやすかったです。読みながら、「ああこの契約条項はベンコウスキーさんが有利だ」とか「もしホワイトさんがこうしたら一気に状況が変わるな」とか。
いろいろ余計なことを考えてしまうので英米法の本質からは遠ざかっているかも(笑)。 - 面白いです! 本当に「英米法」がお好きなんですね(笑)。
- あるとき、英米法の授業中に、先生が「ペーパー・チェイス」の映画のお話をされたことがあって、すごく嬉しかったですね。
で、授業が終わった後に教壇に行って、「先生先生、実は『ペーパー・チェイス』にはTVシリーズもあるんですよ」って話をしました。
オタク知識ひけらかしです(笑)。 - 先生はTVシリーズのことはご存知なかったんですか?
- そうなんです。へえそれは知らなかった、どういうものか教えてほしいとおっしゃるので、後で作品のリンクをメールしました。
- 英米法の先生がご存知なかったことを佐々木さんがご存知だったとは!
先生は喜ばれたのでは? - だといいですね。お役に立てて嬉しかったです。ん? お役に立てたのかな?(笑)
- けっこう、先生方とお話しされてますよね?
- そうですね。そこは大人のずうずうしさで(笑)。
- いえいえ、熱心な学生さんなんです(笑)。
「会計学」はどんな試験対策を? -
教科書を読もうとしてもさっぱり頭に入ってこなかったので、過去問だけをしました。
法学部のこれまでの過去問が(当時)販売されていたので、それを入手して、全部解いてみて。
といっても自力では解けないので、本などでいろいろ調べて、まとめて、それを何度か読んで。例年同じ先生の担当される科目だったので、過去問で傾向というか、先生の問題意識が少しわかったように思えました。
それをふまえて受けたので、試験ではまずまず手応えがありました。 - 過去問対策! あれこれ手を広げないのですね! さすがです!
-
というより、あれこれ広げている余裕がなくて。時間的にも、頭の容量的にも。
過去問と同じ問題が出るわけじゃないですけど、先生がこの科目で何が大切だと考えていらっしゃるのかとか、何を学生にわかっていてほしいと思われているのかとかが、過去問を10年分くらいやってみると何となくわかったつもりになるんですよね。
つもり、にすぎないかもしれないですけどね。 - 他の試験はいかがでした?
- 「英米法」は面白くてハマった甲斐があったのか、高評価をいただけて嬉しかったです。
でも「民基礎」はやっぱり何もわからないまま答案を無理やり書いて、評価が「可」でした。 - あああ! 「可」!
- これが法学部で取った唯一の「可」だったんです。だからわからないままに勉強できないままに受けちゃいけなかったんだーって、後々まで悔やみましたよ。
- 唯一なんですか? じゃあ、あとの科目は全部「優」とか「良」とか? すごいじゃないですか!
-
そうですね。「民基礎」の「可」がショックで、それ以来は年度ごとの計画を立てて、少しづつ勉強して着実に単位を取っていったので、最終的に法学部の成績は満足できるものになりました。
ある意味、「民基礎」のおかげ? いや違うな、「民基礎」はいまだに恨んでます(笑)。
- (ここでスタッフが発言)でも佐々木さん、「優上」もたくさん取られてるじゃないですか。そして駒場の成績も素晴らしかったんですよね?
- 駒場では「可」がなかったので。言葉通り「可もなく不可もなく」でした(笑)。
- 駒場でもすでに優秀な学生さんだったんですね!
-
でも駒場と法学部は、自分には本当に子どもと大人くらい違いました。
歯が立たないってこういうことなのかって、法律科目の講義やゼミの後はいつも呆然としてました。
先生のお話のスピードも、一回あたりの講義の進度もすごく速くて、全然ついていけなかったんです。一日大学にいられる日でも、朝から夕方まで講義に出てもただ座ってるだけで頭に何も残らない。帰宅しても、何をどう勉強していいのかわからない。
そういう状況が延々と変わらなかったんです。
登録有形文化財の法文1号館、2号館は法学部と文学部の学び舎
安田講堂前にある秘密の階段(?)で地下学生食堂に
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