Vol.1 東大入学への軌跡 〜なぜ? どうやって東大に?!〜
普通の学生として大学生活を送りたかった
- まずは東京大学法学部ご卒業おめでとうございます! 今のお気持ちをお聞かせください。
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佐々木(以下略) ありがとうございます。実は世の中の状況のために、東大の卒業式も大幅に縮小されて、私含む卒業生はほとんど式に出席できなかったんです。なので、卒業した感がいまいちなかったんですが……。でも当日は、安田講堂前にたくさんの卒業生が集まって賑やかでした。私もガウンを着て写真を撮りました。学位記もいただいたので、これからじわじわと実感が湧いてくるのかもしれません。
- しかも、佐々木さんは法学部の成績優秀者として表彰されたとのことで! さらに素晴らしいご学業の達成を成し遂げられましたね。
- ありがとうございます。
- 今、このタイミングで東大のことを発表されようと思ったのはどうしてですか?
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合格したとき、発表はどうしようかなと思ったんですけど、大学に行くことは自分にとっては私的な領域のものだと思っていて、いち声優の私的な領域のできごとを皆さんに向けてお知らせするというのも変だなと思って、特に発表はしなかったんです。
大学に行くと言って、声優から何か別の道に行くのかなと思われてしまうのも困るしなあとも思って。
あとは、大学の勉強でどれだけ忙しくなるものなのかとか、生活もどう変わるかとか、入学してみないといろいろな変化が予想できなかったのと、勉強にも仕事にも集中したかったので、差し当たり大学に行くことは周りのごく限られた人だけに留めておく方がいいかなと思ったんです。入学してからも、声優としての仕事のかたわらに通学したり課題をやったりする生活が結構ハードで、それをこなしていくのでいっぱいいっぱいだったので、結局、発表しないままでした。それで、今年(2020年)のこの卒業のタイミングで、何かひとつ区切りが自分の中ではついたので、この充実した日々のことをお話しして、皆さんに楽しんでいただけたらいいなと思って、ご報告しようと思いました。
- これまで、佐々木さんが実は声優さんだとか、声優の佐々木さんが東大に行っているとか、人から気付かれたりしなかったんですか?
- ほとんどなかったと思います。一人の学生として普通に大学時代を過ごしました。駒場(1、2年生が通う駒場キャンパス)のときはクラスがあったんですけど、クラスメイトには社会人だとは言ったんですが、何の仕事をしているかは話してなかったんです。中にはゲームやアニメが好きな人もいて、私が声優だと分かったらしいんですけど、ネットで私のプロフィールを見ても、どこにも東大在学中とは書いてなかったので、彼らは、ああこれは公表してないんだなと察して、黙っていてくれたみたいなんです。
- さすが東大生ですね! 思慮深い!
- クラスメイトでも先生方でも、もし私が最初に、自分は声優で歳はいくつなんて言ってしまうと、どうしても普通の学生としては扱いにくいというか、いろいろやりにくくなるんじゃないかと思って。先生によっては、私の方が歳上だったりもしますし。歳上だと知ってしまうと、「佐々木くん」とは呼びにくいでしょう(笑)。たぶんご指導もしにくいでしょうし。なにより、みんなと同じに受験して入学した普通の学生の一人として普通に大学生活を送りたかったんです。
- うんうん、普通の学生として溶け込みたかったということですよね。そして溶け込めていらしたのがすごいですね。でもそもそも、なぜ大学に、しかも社会人でお仕事も順調なときにわざわざ入ろうと思われたのでしょうか。そして、その中でも最高学府の東大を選ばれたのは、どうしてなんでしょうか?
- 実はそんなにしっかり計画を立てたというわけではなかったんです。ある意味で流れのままにというか。結構長い話になるんですが……。
卒業式の日、安田講堂前で
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そもそもは声優としての分岐点に始まる話なんですが……。
20年近く前に、仕事がちょっとハードめな状況が続いて、とはいえ特定の仕事のせいじゃないんですが、相当ひどい声帯炎になって声が出なくなってしまった時期があったんです。うまく対処できなかったので、なかなか改善しなくて。元々、役者の訓練をほとんどしないうちにデビューして自己流の発声をしてきたので、声帯に負担がかかっていたんでしょうね。そんなことになってしまって、当時はもういきなり闇の中に入ったような感じで、ああ自分はこれで声優としては終わったのかなとも思いました。それまでは、運よくめぐり合わせよく、周りの方々にお引き立ていただいていろいろな仕事をさせていただいたので、自分で訓練なり努力を重ねてきたのではないのだから、ここでキャリアが終わっても仕方がないのかなとちょっとだけ思いました。
でも、もう何年も声の仕事をしてきて、やっぱり自分は声の演技がすごく好きだと思ったんです。それなら、このまま諦めるのではなく、何か復調できる余地はないだろうか、そのためにできることは何でもしようと思って、それで、根本的に発声をやり直そうと、一からボイストレーニングと演技の勉強を始めたんです。
その時代は、起きている時間はずっと声のことや演技のことを考えていました。発声も呼吸法も肉体訓練も理論の勉強も、できることは全部やろうと思って。時には、張り切ってボイストレーニングしたせいで余計に声が枯れちゃったりとか、そんな馬鹿なこともしましたけど(笑)。いろいろ試行錯誤しながら発声と演技の学び直しを続けました。
その甲斐あってか、何年もかかりましたけど徐々に声の状態も改善してきました。そうすると、最初は必要に迫られて始めたトレーニングだったのが、発声や演技の勉強自体が面白くなってきたんです。
当時はずっと暗い中でもがいていた感じでしたけど、あの経験があったことで、本当に声の表現者としてやっていきたいと決意できたんでしょうね。若い頃にしてこなかった発声や演技の訓練をやり直すことで、あらためて自分で自分を教育したという感じなんですけど、技術的にいろいろなことを学べただけでなく、精神的にも、作品や役に対する気持ちの向け方が変わりました。それが後に役作りにも活かされるようになっていったので、今思えば、あれは私にとって必要な分岐点だったんでしょうね。
- ……という経緯で、声帯を痛めてから、発声と演技について自分で自分を鍛え直すという期間がありました。関連する本も手当たり次第に読んだんですが、そういった本は当時は和書より洋書の方が多かったんです。もともと英語は好きで、わりと勉強してきてたんですが、これはもっと読めるようにならないと、と思って、声と演技の訓練も続けつつ英語もさらに勉強しました。その勢いで、英検(1級)と通訳案内士(英語)の試験にも合格しました。
- えっ、英検1級と通訳案内士に合格?! どどどうやって??? あ、いや、今日は東大のお話なので、英語の秘訣はまたの機会に是非!
- 分かりました(笑)。で、次のステップとして、発声や演技とは別になりますけど、大学の英文科みたいなところでもう少し英語を学べないかなと思いました。最初は外国語大学で英語学科とか英文学科とかを探してたんですが、どうも国立大学だとセンター試験を受けなければならないとわかって。あ、そうか、まずセンター試験か、と思って、なぜか楽しくなってきて。センター試験には英数国社理といろいろな科目があるんだから、今なにも英語だけに決め切る必要はなくて、もっと大きなくくりで「大学で学ぶ」と考えていいんじゃないかなと思ったんです。それで、東大を受けることにしました。
- えっ(混乱)。「それで、東大」っていうのはだいぶ飛躍があるように思いますけど……。
- そうですかね。でもその時は流れでそう思っちゃったんです(笑)。