Vol.6 法学徒の模索 〜2015年秋、本郷〜
「学習困難者」の困難
- 3年生の夏学期が終わりましたが、本郷キャンパスは実際過ごしてみていかがでしたか?
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佐々木(以下略) 駒場から本郷に行って思ったのは、やっぱり格調高いというか、キャンパスが荘厳で大人っぽいんですよね。
駒場の方は、若々しくて、人々も集いあってキラキラキャッキャしていました(笑)。
いやこれはあくまでイメージで、実際はもちろんキャッキャしてない人もたくさんいますけど(笑)。私もそんなにキャッキャしてなかったですし(笑)。でも全対的に、若い緑、グリーンな感じです。
駒場は駒場でそういう活気のあるところが魅力なんですよね。
いつも大学生協の前で人々が踊ってたりしてますし(笑)。 - 踊って??
- いやたぶんヒップホップ的なサークルの方たちだと思います。
その横を通るといつも、こちらも踊りたくなってました(笑)。 - 歌って踊れる声優さんですものね!
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それはそうなんですけどね(笑)。
本郷は、キャッキャしてる人はほぼいないし、キラキラともちょっと違うし、人々は集っても踊ってもいません(笑)。
縁も多いですけど、駒場と違って深い緑のイメージですかね。だから、本郷に来たときは、ああここは本当に真面目に学ぶ場所なんだと思って、ちょっと身が引き締まるような感じでした。
- 皆さんそうやって、学問への意欲が高まるんでしょうね。
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とはいえ、真面目に学ぶ気はあったんですけど、やっぱりどうやって取りかかったらいいのかわからずに、勉強面ではボヤボヤしている間に夏学期は終わってしまいましたけど。
誰かのアドバイスを聞きたいと思って、一度、法学部の学習セミナーにも出席してみたことがあるんです。
- 学習セミナー? 勉強法なんかを教えてもらえるんですか?
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そうですね。法学部には学習相談所という組織があって、勉強や進路の悩みなんかをカウンセラーの先生に相談できるんです。
学習セミナーは、そこが主催しているセミナーで、先生や卒業生や院生の方がゲストにいらしてお話をしてくださるんです。 - そこに佐々木さんも出席されたと。どうでしたか?
- ゲストにいらした法学部の先生が、「(悩みに対する)答えは君の中にある」と参加者に対しておっしゃったことをすごくよく覚えてるんですけど、そのときは「いや、自分でわからないから相談に来たんだけどな」と内心で思いました(笑)。
- (笑)。
- 見たところ、セミナーには、法学部の勉強についてとても困っているような人が何人も参加している様子だったんです。私も含めて。
いや多分、その中で私が一番できが悪い学生だったと思いますけどね。 - いやいや、そんなことはきっとないと思いますけど。
- おそらく、私のように、駒場では困らなかったけど法学部に来たら突然勉強が順調にいかなくなった人が実際は一定数いるんだと思います。
その人たちが皆セミナーに参加したわけじゃないでしょうけど、そういう人を「学習困難者」と呼ぶとするなら、法学部の先生はあまりに優秀すぎて、学習困難者が現実的に抱えている困難をわかっていただくのが難しいような印象を受けました。 - どういうことですか?
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日々の勉強で本当に困ってるときって、抽象的な内省や俯瞰からの問いかけはかえって混乱するというか、今知りたいのは、講義をどんなふうに聞いて、予復習をどんなふうにして、どの教科書をどんなふうに読めばいいのか、そしてどうやったら最終的に答案を書けるようになるのかという具体的なことだったりしますよね。
それは自分で試行錯誤して編み出したりするものだ、と言われるかもしれないですけど、その通りなんですけど、自助努力でいろいろやってみてもうまくいかない、でも講義はどんどん先に進むし科目は多い、どうしよう、誰かのアドバイスがほしい、となる人だっていると思うんです。
でも、先生も先輩も、優秀な方が多いんです。それはそうですよね。
その方々の多くは、おそらく学生時代に学習困難者だったことはなかったんじゃないかと思います。 - ああ、なるほど。
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一方で、本当の ―本当のって変ですけど(笑)― 学習困難者の方は、大きな声で「私は学習困難者です。私は学部の勉強についていけていません」とは言えないですよね。
特にこの大学でこの学部では、良いか悪いかは別として、勉強ができないとかやり方がわからないとか、そういうことをおおっぴらに人に言いにくい雰囲気があるように思います。
同級生同士でも、成績や進路についてのピア・プレッシャーが相当ある環境では、学習困難者の存在はなかなか見えてきづらくなりますよね。そうすると、優秀な先生方から見たら、東大生は皆、基本的に優秀で、正しく熱心に勉強できていると普通に思ってしまうのかもしれません。
講義でも、前列に座っている学生の方が先生からよく目に入るわけですから、そういう真面目で優秀な学生を標準だとお考えになることもあるのかもしれません。
まさか勉強方法の段階でつまずいている学生が一定数いるとは見えてこないのかもしれません。本来は真面目に勉強する気があるのに、つまずいている学生のことが。そこがまたやっかいな構造だなと思うんです。
- 難しい問題ですね……。
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これは別の先生ですけど、ある講義の初回に、「皆さんは一を聞いて十を知る人たちなので、(この講義では)くどくど説明はしないようにしますね」とおっしゃったことがありました。
私は、「いやいやいや先生先生、くどくど説明してくださいよ。せめて私だけには」と懇願しそうになりました(笑)。だって、これからその科目を学ぶわけですから、一を聞いて十を知る学生の方が少ないんじゃないかと思いますし、「えっ、そっちに合わせるの?」って(笑)。
- ひどい(笑)。
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ああ、いえ、その先生はおそらく、学生に敬意を持って応対してくださってるんですよね。
学生の能力を信頼してくださっていて、学生に無駄な時間を費させないようにと、とてもよく考えてくださっているすばらしい先生だと思います。学生の立場からしても、先生の期待に応えたいですし、先生から尊重していただけばいただくほど、それに見合うようになりたいと思いますよね。心情的には。
だから、本当に難しい問題だなと思いました。学習困難者のひとりとして。
- 周りが優秀であればあるほど、その問題は見えづらくて、解決しづらくなるんでしょうか……。
東大生にもそんな問題があるんですね。 - 周りが優秀な環境ってすばらしいんですけどね。
ただ、その中で学習困難に陥った者がそれを克服するのは、人によってはかなり時間がかかることかもしれません。私みたいに。 - そうなんですね……。
- でも、学習セミナーでは先生からも先輩方からもいろいろな体験談を伺えて面白かったですよ。
先輩方の経験が聞ける場は貴重でありがたいです。
晩秋には銀杏の葉の絨毯が敷きつめられる構内の並木道
農学部キャンパスに建つハチ公と飼主・上野英三郎東大農学博士の銅像