佐々木望の東大Days

東大Days公開記念! 佐々木望 Specialインタビュー

2013年に東京大学を受験し合格、この春(2020年)法学部を卒業した声優・佐々木望。
魅惑的なボイスで数々のキャラクターを演じ、人気と実力をあわせ持つ声優としてそのキャリアを重ねてきた彼が、仕事をしながら東大に入学し卒業したという発表は、私たちを心底驚かせた。しかも文系トップとされる東大法学部である。
いったいなぜ? どうやって? 何のために? 聞きたいことは山ほど浮かんでくる。
「東大Days ―声優・佐々木望が東京大学で学んだ日々―」公開記念のこの独占インタビューでは、受験から入学、キャンパスライフ、勉強のことなど、東大生としての日々を佐々木さんに伺ってみる。

インタビュアー:漫画編集者 永田裕紀子

Vol.3 駒場を満喫し尽くそう! 〜スペ語と友と進振りと〜

スペイン語に浸かる日々
では、1年生の冬学期のことを聞かせてください。そろそろ大学に慣れてきた頃ですか?

佐々木(以下略) そうですね。1年の夏学期は授業がびっしりでしたけど、冬学期は半分くらいに減ったし、キャンパスで過ごすことにも慣れて、授業にも気持ちにも余裕ができました。

授業はどんな感じだったんですか? 新しい科目も取られましたか?
人文系では必修の「法II」と「政治II」に加えて、興味があった「心理II」というのを取りました。
それから、選択だけど必要な科目として「海洋生物の生命科学」というのも取りました。
海洋生物の? 面白そうですね! 理系っぽいですけど、どうして選ばれたんでしょうか?
文科の学生でも、理系の科目を一定数取ることを課されてるんです。
駒場の2年間を前期課程というんですが、前期課程を終えるには文系は70単位以上取る必要があって、その中に理系分野が含まれていないといけないんです。
選べる理系科目はたくさんありましたけど、これは特に興味を惹かれたので。
なるほど。本当に文理横断的なシステムなんですね。面白かったですか?
面白かったですよ! これもオムニバス形式の授業で、先生も内容も毎回違うんです。試験はなくて出席と期末レポートで単位をいただけるので、いくぶん気楽に楽しく受講してました。
レポートはゲノム解析について書きました。
うわあ、本当に思いっきり理系ですね! そんなことまでお詳しいんですか?
いえ、ぜんぜん詳しいとかじゃないんです。だから理系的なことは書けなくて人文チックなレポートになりました。ゲノム解析と社会との関わり、みたいな。
それもぜひ読んでみたいです! 語学の授業も引き続きあったんですよね?
語学は、必修に加えて選択科目でスペイン語ふたつと英語のディベートを取ったので、週に8コマ語学の授業を受けてました。


大学の情報あれこれは掲示版でチェック

8コマ! 語学マスターですね!

空きコマがあるとどんどん入れてしまう癖があるみたいです(笑)。

1年生の夏学期が終わって、夏休みにヨーロッパ旅行をしたんですが、その帰りの飛行機でスペイン語の勉強をしていたら、CA(客室乗務員)さんに声をかけられたんです。その方はスペイン語が話せるみたいで。
それで、スペイン語で会話をしてみたらわりと通じたりして。
それが嬉しかったので、スペイン語をさらに頑張ろうと思いました。

すすすすごいです! きっと声優さんだから発音とかも上達が早いんでしょうね!

声優だからかは分かりませんけど(笑)。耳コピはわりとできる方かもしれないですね。
で、冬学期が始まると、張り切って「スペイン語会話」と「スペイン語作文」を取ったんです。

「スペイン語会話」の授業は10人くらいで、半数は留学生の方だったので、こっちも留学しているような楽しい気分になりました。アットホームな雰囲気のクラスで、ネイティブ・スピーカーの先生が母親のように教えてくださって。

クリスマス時期にはトルティーヤやパン菓子を焼いてくださって、みんなで食べました。
授業中ですけど、それもスペイン文化の勉強ってことで(笑)。

うわー、すてきですね! 外国語を学ぶのはその国の文化も学ぶということですものね!
食べてばっかりじゃなくて会話の力もちゃんとつきましたよ!(笑) 先生が絶対に日本語を解さないふりをするので、みんなスペイン語を話すしかないんです。
ふりをする?
絶対に日本語わかってらっしゃるし、おそらく日本語話せるんです、先生(笑)。
それはいい先生ですね! きっと力がつきますよね!

ええ、けっこう会話に慣れました。

で、ですね。もうひとつの「スペイン語作文」がすごい経験でして……。

ど、どうしました?

選択科目っていうのは、だいたい最初の授業はガイダンスというか、おためしというか、どんな授業なのか先生が説明してくださって、それを聞いて受講するかどうか決めるというものが多いんです。

受講しようとは思ってましたけど、一応それでも様子を見てから決めようと思って、初回にとりあえず教室に行きました。
まだ他の学生は来てなかったので、ちょっと早かったかなと思いながら座ってました。

ふんふん。それで?
授業の時間が5分くらい過ぎても誰も来なくて、あれ、教室を間違えたのかなと思って立ち上がろうとしたら先生が入っていらっしゃいました。だからもう外に出られなくなってしまって。
え? 他の学生さんは?
結局ひとりも来なかったんです(笑)。で、そのまま授業が始まりました(笑)。
えっっ、生徒が佐々木さんひとりだけってことですか? 先生と一対一で?
そうなんです。いや、それでも初回たまたま来られなかっただけで翌週には誰か来るのかもと思ってたんですけど、最終回まで本当に誰ひとり来ませんでした(笑)。
ネイティブ・スピーカーの先生と、1学期間まさかのマンツーマン教室ですよ(笑)。
……。すごくぜいたくな授業です。
いや、そうなんですけどね。まったくぜいたくな話なんですけど、でも心の準備が(笑)。
だって、授業時間90分で、たとえば受講者が普通に10人いたら、先生がひとり当たりに割ける時間は多くても7、8分ですよね?
でも受講者ひとりだと、90分まるまる先生と全力でやり取りしないといけない(笑)。
きゅうじゅっぷん、ですよ!(笑)
すごい圧がかかりそうですよね?(笑)
一点集中で自分に圧が(笑)。そして、マンツーマンだから欠席できません。先生も学生もどちらも(笑)。お互い連絡先も分からないですからね。絶対に休めないというプレッシャー(笑)。
もし佐々木さんも初回に行ってらっしゃらなかったらどうなったんでしょうか?
受講者がひとりもいなければその科目は開講されないことになりますよね。
もし先生がお休みされたかったんなら申し訳なかったですけどね。下手に私が来たばかりに。
いや、先生は嬉しかったと思いますよ。しかもそんなに熱心な生徒さんが。

いやあ、熱心にやるしかないじゃないですか、なんせひとりなんですから(笑)。

プレッシャーも授業中だけじゃなかったんです。作文の授業なので当然、毎回作文を書いていかないといけなくて。90分の授業が保つくらいのスペイン語作文をですよ! その量たるや(笑)。

作文ってなにを書くんですか? テーマが出るんですか?
特にテーマを決められてはなかったです。ひとりなので、「何でも書いておいで。見てあげるよ!」という感じでした。
何でも書いていいといっても、自分のスペ語の能力との兼ね合いなので書きたいことを十分に書けるわけでもなかったりして、日記みたいな内容にしても、世の中で話題になっているトピックについて書くにしても、毎回なかなか時間がかかりました。
なるほど、それは大変でしたね。

だから、冬学期はずっとずっとスペイン語の作文を書いてました。書きまくってました。空き時間ができるとスペイン語作文を。寝ても覚めてもスペイン語作文を(笑)。
たくさん書きためておかないと、次の授業で見てもらう分量に追いつかないんです。

余力があるからと取った選択科目のはずが、一番重い科目になってしまいました(笑)。
でも、とにかく大量に書きまくったのと、先生が全部丁寧に添削してくださったので、すごく力がつきました。

東大でマンツーマンの授業を受けられるなんて、すごくラッキーでしたね!

そうですよね、最初はどうなることかと思いましたけど(笑)。

その先生には、学外で開催されたスペイン法についての講義に誘っていただいたこともありました。内容は難しくて分からないことも多かったですけど。

いろいろな学問の世界があることを知って、大学生でいられることをあらためて嬉しく思いました。

学問の醍醐味ですね。
だけど、こんなに時間をかけたスペイン語なのに、本郷に行ってからは全然やれてなくて、だいぶ忘れてしまいました。
作文の授業のおかげで、かなり書けるようになってたんですけどね。
ああ、もったいないですね。
(ここでスタッフが発言)佐々木さん、プロフィールに「特技:スペイン語」って書いてありますよ?(笑)

そ、そうでしたね。はい、またやり直します(笑)。

でも、そんなにスペイン語を勉強してたんですが、スペインにはまだ一度も行ったことがないんです。いつか行きたいんですよね。

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年齢も国も超えるつながり


毎日仰ぎ見た時計台は駒場の象徴

そして、順調に2年生になられた佐々木さんですが、1年生からどんなことが変わりましたか?
授業は、2年生から法学部の科目がいくつか入ってきました。他に、必修の英語とスペ語がひとコマずつ。
選択科目では、また同じ先生の「スペイン語作文」を取ったんですけど、今回は7、8人履修者がいたのでマンツーマンじゃなかったです(笑)。
また取ったんですか(笑)。
授業以外のキャンパスライフはいかがでした? 五月祭とかでは、また模擬店を?
五月祭も駒場祭も、2年生からはクラスでの出し物はなかったんです。でも、大学祭の雰囲気を味わいたかったので遊びに行きました。友人も何人も来てくれて、はじめてゆっくり回れました。


駒場祭・五月祭は国内最大規模の活気あふれる学園祭

(ここでその友人のひとりが発言)そういえば、五月祭のゲストに声優さんがいらしてましたよね?
あっ、そうそう! 大教室でどなたか声優さんが何かイベントをされるって聞いて、行ってみたんですけど、主催の学生さんに「もういっぱいです」と言われて入れませんでした(笑)
(さらにその友人が発言)横で見ていてなんだか可笑しかったです。声優さんのイベントに入るのを断られている声優さん(笑)。でも、佐々木さんも五月祭で何かイベントをやればいいのになあと思ってましたよ!
そうですよね! ぜひ佐々木さんにも大学祭に出てほしいですね!

それはまあそれとして、お話があれば(笑)。

ところで、五月祭では「東京大学ピアノの会」というサークルが毎年演奏会を開催しているんです。何十人もの学生の方がおひとりずつ演奏されるんですけど、それを聴くのが好きで何度か行きました。私の同クラにもピアノの会に所属されている方がいらして。

ピアノ曲がお好きとおっしゃってましたよね。

そうなんです。クラシックもジャズも。子どもの頃にちゃんとピアノをやっていたらよかったなと大人になってからしきりに思います。ピアノへの憧れはずっとありますね。

だから、その同クラの方の演奏会にはよく友人を何人も連れて行きました。熱くて繊細な、すごくかっこいい演奏をされるんです。

東大生の方、いろんな趣味をお持ちの方が多いんですね。
そうですね、勉強以外に趣味をお持ちの方がとても多いです。楽器もですし、スポーツも、絵画も、パズルや工作も。それも、趣味にとどまらないレベルで。
法学部でも同期だった友人は俳句を詠む方で、いくつも賞を受賞していらっしゃるんです。
うわあ、すごいですね!
それから、たまたまの出会いだったんですけど、駒場ではネパールからの留学生と友だちになりました。その方は理科の学生さんだったので同じ授業を取ったりということはなかったんですが、学内ですれ違うたびに立ち話してました。
日本語の勉強をよく手伝ったりもしたんです。
えっ、どういうふうにですか?
学内にいるとメールが来るんです。いま日本語の授業の課題をやってるんだけど、分からないところがあるから教えに来てほしいって(笑)。
頼られてる(笑)。すごく仲よしじゃないですか!

「はいはーい」って喜んで行ってましたよ(笑)。一緒に勉強できて楽しかったです。会話は英語と日本語の両方でしてました。

びっくりしたのが、その授業の課題がけっこう難しいんです。「たまさか」という言葉を使って例文を作れ、とか(笑)。「月夜に釜を抜く」とかは、私日本語ネイティブスピーカーですけど知りませんでしたよ!(笑) これ留学生が知る必要あるのかなとちょっと思ったりしました(笑)。

さすが東大ってことでしょうか(笑)。

最初に会ったときからすでにかなり日本語能力が高かったんですけど、会うたびにさらに流暢になられていきました。
あのことわざ群のセレクションはともかくとして(笑)、ものすごく勉強されたんでしょうね。

ネパールの社会のことや、ご自分が将来どんなふうに母国や日本に貢献できるかのビジョンを伺えたりして、お話しするのが本当に嬉しかったです。
本郷に行ってからは会えなくなってしまいましたけど。いまどうしていらっしゃるかなあ。

まさに国際交流ですね! すごくいいお話を伺わせていただいてありがとうございます!

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空きコマは博物館へ
ところで、クラスの方と芝生でランチされていたと伺いましたが、他に食事などされたところはありましたか?

学食は結局あまり使いませんでした。昼休みは50分しかなくて、学生も教員も一斉にその時間に昼休みになるので、尋常じゃなく混むんです。
だから、仕事場への行き帰りに学外で食事するとか、家に帰ってからとかでしたね。

食堂ではないですけど、構内の、ある建物の地下にカフェがあって、そこでよくお茶を飲んだり勉強したり、ときどき仕事をしたり、場合によっては突っ伏して寝たり(笑)してました。
さっきのネパールの友人の日本語の課題を手伝ったのも、そのカフェでした。

ゆっくりできるカフェもあるんですね。いいですね。他にはどんな施設が?
授業と授業の合間に、駒場博物館に行ったりもしました。


駒場博物館は昭和10年建築の由緒ある建物

博物館? 博物館があるんですか?
ええ、キャンパスの中にあるんです。
建物は、もともとは旧制一高(旧制第一高等学校)の図書館だったんです。定期的にいろいろな展覧会が開催されてます。これも文理を超えた展示で、毎回とても興味深いです。
どんな展覧会があるんですか?
私が特に印象深かった展示は、2014年の「越境するヒロシマ―ロベルト・ユンクと原爆の記憶」という特別展でした。紙の史料や映像だけでなく、『この世界の片隅に』の作者こうの史代さんの漫画『夕凪の街 桜の国』も展示されてたんですよ。
アニメ映画の『この世界の片隅に』にも『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』にも、佐々木さんご出演されてますものね!
※小林の伯父役で出演しています。

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「本郷で待ってます」


緑多い落ち着いたキャンパスは絶好の勉強場所

さて、それでは進路のお話を伺いたいです! 東大は、専門の学部に3年生から進むんですよね? 皆さん行きたい学部に行けるものなんですか?
はい、あくまで成績(点数)と受け入れ条件が満たされればですけどね。
ただ、科類によって進む学部がザックリと設定されてはいます。文一は法学部、文二は経済学部、文三は文学部や教育学部、みたいに。
入学してからいろんな科目を取りながらゆっくり考える時間があるわけですね。学生さんにとって可能性をひらく良いシステムですね! 佐々木さんはどうして法学部を選ばれたんですか?
受験したのは文一でしたけど、法学部に進もうとはあまり思ってなかったんです。
それより、文学部で語学や演劇の科目を学ぶとか、後期教養学部で言語学系とか、もしくは声優と関係なくても何か文理横断的な勉強を始めてみるとか、建物が好きなのでひょっとして工学部の建築学科なんてどうだろうとか。
1年生の間は決めきれずにあれこれ夢想していました。
何でも選べるってすごい! どれも面白そうですね!
その頃は、とにかく自由な選択肢があるということが楽しくて、2年生で「進振り」が始まる時点で一番興味がある学部に行こうと思っていました。
ただ、仕事の妨げにならないのを条件にしていたので、実験などがある理系は選べなかったんですけどね。
※3年生からの進学先を決める「進学振分け」制度。インタビューVol.1参照。
じゃあ、進振りの時点で法学に一番ご興味があったということなんですね?
いえ、実は進振りを待たずして、1年生が終わる頃には法学部に行こうと決めてしまいました。
そ、それはどうして? 何があったんでしょう?
1年冬学期に、文一生の必修で「法II」という授業がありまして、その講義を担当された先生のお話がとても面白かったんです。
中里実先生という法学部の教授で、租税法などをご専門にされている方なんです。
そ、租税法ですか……。
もちろん、1年生が対象なので、租税法を扱うわけではなくて、法学を俯瞰で見せるというか、法学の入口を示してくださいました。
ローマ法の時代からずっとこう連綿と法は発展してきたけど、現代の法実務にもローマ法が息づいている部分があるんだよって、その不思議さと面白さを説いてくださって、すごく興味がわく講義でした。
ふむふむ。

普通ならお目にかかれないようなゲスト・スピーカーの先生方を講義に招いてくださったりもして、初めて知ることばかりで毎回とても刺激的でした。

それで、感想をお伝えしたくて、講義の最終回につつーって教壇まで行って先生にご挨拶申し上げたら、「本郷で待ってます」と、にこやかにおっしゃってくださったんです。

おおっ! 「本郷で待ってます」というのは、法学部においで、という意味だったんですね?

おいで、というか、先生からすれば、文一の学生は法学部に行くのが大多数なので、普通に法学部に進んでくるだろうと思っていらっしゃったんじゃないでしょうか。
だから、3年生になったら今度は本郷(キャンパス)の講義で会いましょう、みたいな意味でおっしゃったんじゃないかと思います。

それで、けっこうあっさりと法学部に決めました。

なんと! 先生のその一言で?!(笑)

はい、先生のその一言で(笑)。

「法II」の授業は毎年担当の先生が変わるので、たまたまその年度に中里先生だったというのも、ひとつめぐり合わせですし、そこで「法学部で待ってます」とおっしゃっていただいたので、お、これは行くべきかも、と考えたんですね。

文学も語学も、それから心理学や社会学にも興味を持っていたので、迷ったのは迷ったんですけど、でもそれらはまたいつか、やる気になればきっとできるんじゃないかなって。

法学は、それまでの自分にはまったく未知の領域だったので、よし、せっかく大学に来たんだから、その未知の世界に足を踏み入れてみよう、東大法学部の先生方に教えていただこう!って思いました。

学びたいからと、あえて未知の領域に挑戦される。そう、大学は学びの場なんですよね。
佐々木さんはきっと、学びたいことを一生学んでいかれるんじゃないかと思います……。

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はじめての「撤退」
それで、2年生の間に法学部の授業が始まるんですね。

ええ。駒場2年生は、必修の語学などの他に、法学部の講義も始まります。
駒場で開講される法学部の科目はいくつもありましたけど、私たち法学部1類の学生にとって必修だったのは、憲法、民法、刑法、政治学でした。

それまで、教養学部の授業でも試験でもそれほど苦労したものはなかったんですけど、法学部に入るとすぐに、なんか難しさが全然違うなと思いはじめました。

あ、やはり法律は新しい分野だからでしょうか。

それはもう、雲泥の差でした。私には法学部の講義で先生方がお話しされていることがなにひとつ理解できませんでした。
憲法も民法も、外国語を聞いてるみたいで全然分からなかったんです。

でも、周りの学生さんたちは皆さん分かってるみたいで。そうか、みんなは聴いて分かるんだ。参ったな、困ったなと思って。
困ったなと思いながら、さっきお話したスペイン語作文の宿題をずっとやってたんですけどね(笑)。

どこまでも重いスペイン語作文(笑)。


パイプオルガンも設置されている900番大教室

学期末試験は2月だったんですが、法学部の科目は12月くらいからしっかり試験勉強を始めれば大丈夫だろうと考えていました。まだ10月だし、講義にはだいたい出席してるんだから、今は理解できなくても、そのうちだんだん分かってくるはずだって。
ちんぷんかんぷんだらけでしたけど、出られる講義は全部出て聴いていました。

……でも、12月になっても年が明けても、まったく理解できないままでした。
その頃やっと、本当に怖くなってきたんです。
これ、このまま試験を受けても単位は絶対に取れない。全部「不可」になるって。
※成績評価は「優」「良」「可」「不可」の4段階で、単位認定には可以上が必要となります。(現在の制度では最高位に「優上」が加わり、5段階評価となっています。)

ええ……。そんなに……?
講義に出席していちおう真剣に聴いているつもりなのに、いつまでもちっとも理解できないままでいるという経験は初めてでした。なんか状況が信じられなかったです。
分からない、ということだけが分かっている、という。
でもどうしたら分かるようになるのかが分からない、という……。
……それで、どうされたんですか?

そのまま2月になりました。不可になるのが分かりきっている科目を受ける度胸はなかったので、とにかくひとつだけに集中してみようと思いました。
それで、刑法の勉強だけをして、刑法の試験だけを受けて、それ以外の法学部の試験は全部撤退したんです。
憲法、民法、政治学も必修なので、いずれは単位を取らないといけないんですが、来年以降に繰り越して受けるつもりでした。

ちょっと脱線しますけど、その刑法の試験があった日に、アニメの「ワールドトリガー」の収録があったんです。時間はかぶっていなかったので、試験を受けてからスタジオに行きました。
その朝まで「共謀共同正犯」「不真正不作為犯の作為義務」「放火罪の実行の着手」みたいなフレーズが頭に詰まっていたのに、今は台本を見ながら(ハイレイン役を)演じているという(笑)。
自分のモードがさっきまでと今とは違いすぎる、そのギャップの不思議さに、ひとりでくらくらしてました(笑)。

普通めったにできない経験かと(笑)。それで、試験の方はうまくいきましたか?

刑法はなんとか単位はいただけたんですけどね。でも、大学に入ってから初めて試験を撤退してしまったことに対して、自分としては忸怩たるものがありました。
こんなにとっつきにくいんだな、法学ってと思いました。

とはいえ、もう法学部に進学することは決まってしまっていたので、よし、3年生からはしっかり頑張って勉強しよう、そしたら絶対大丈夫、と気持ちを切り替えました。
いよいよ本郷キャンパスに通えるんだ、という嬉しさの方が大きくて、すごくわくわくしてたんです。

こちらも本郷キャンパスでのお話を伺えるのが楽しみです!
それが、そう甘くはなくて……。
???

次回、法学部生となった佐々木さん、修羅の道を行く?

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